カウンセリングの目的は、相談者が新しい理解や洞察に自発的にたどり着き、 問題や悩みに主体的に向き合っていけるようになることです。 カウンセラーの役割はその手助けをすることですが、そこにはテクニックが必要です。
「一般的なカウンセリング」と「ピアカウンセリング」はテクニックに大きな違いがあるわけではなく、 基本にあるのは傾聴です。ピアカウンセリングの特徴は、 カウンセラーが似たような経験をした当事者(経験者)なので相談者にとって親しみやすいことです。 カウンセラーは相談者に対して理解や共感を示しやすく、 相談者もカウンセラーが本当に理解と共感を示しているということを実感しやすくなります。
ここではごく簡単にピアカウンセリングのテクニックの一端をご紹介します。 カウンセリングは経験を積むことが大切で、経験によって養われていくものです。 ですので、単にここで紹介したテクニックに沿ってやればピアカウンセリングがうまくいくというものではありません。 テクニック以前の問題として、 自分がどのような人間で、今はどんな気分なのか、どんなことを感じ考えているのか、把握しておくことが大切です。 そして、相談者がどのような人間なのか、自分は相談者とどのような関係なのか、 によってピアカウンセリングは変わってくるでしょう。 とはいえ、ピアサポートやピアカウンセリングに関わり始めて間もない方は、 ここに書かれたテクニックを頭の片隅に入れて置いて損はないでしょう。
※ここではカウンセリングを受ける人のことを便宜上「相談者」と書いていますが、 カウンセリング用語としては「クライアント(client)」と呼ぶのが一般的です。対話の重要な要素に「質問」があります。 質問は対話の中で、何かを知りたい、何かの情報を得たいときに使います。 押し付けがましくなく、問い詰めない質問の仕方が理想的です。 質問の仕方次第で、質問はプラスにもマイナスにもなります。 質問の仕方によっては、人の気持ちを傷付けたり、自分の意図が十分に伝わらないこともあります。
質問の種類は大きく分けて以下の3つです。
「はい」「いいえ」で答えられる質問です。 即答を得られますが、奥行きのある答えは返ってきません。 あまり「はい、いいえ型質問」ばかり繰り返していると尋問のようになってしまうので注意が必要です。
<例>その人は会社の同僚ですか?
「はい」「いいえ」では答えられない質問です。 答えとして説明が必要なので答えが長くなりますが、対話に奥行きと広がりができます。 質問された方は、質問に対する答えを、言葉を、自分の中から捜そうとします。 なかなか答えることができないこともあります。 しかしそこから自分なりの理解や洞察、考えにたどり着けるかもしれません。
<例>その人は会社でどんな仕事をしていますか?
いくつかの選択肢の中から選んでもらう質問です。 このように質問されると相手は気を付けて質問を聞くようになり、 あいまいな気持ちを整理することができます。 この質問をするには、相手のことをある程度わかっている必要があります。 相手への理解が不足したままだと、選択肢が狭い範囲になったり、 ピアカウンセラーの知識をひけらかすだけになったりする可能性があります。
<例>その人が起こしている問題は、その人の能力が十分発揮できていないことと関係があると思いませんか。 それとも上司の仕事管理がうまくいっていないのでしょうか。 その部署の人たちとの関わり方に何か問題があるのではありませんか。
「アドバイス」というと専門家がするものという印象があるかもしれませんが、 ここで言う「アドバイス」は、助言に留まらない幅広い意味を持つものです。 アドバイスは重要なテクニックですが、頻繁に使い過ぎたり、間違って使ったりしがちです。 相手との信頼関係ができていて、相手がアドバイスを受け入れる状態にありますか? 相手がアドバイスを受け入るかどうかは、以下の4つの前提条件にかかっています。
相手にアドバイスを聞く意欲がない、聞く状態にない時は、アドバイスするのを避けるのが賢明です。 相手が愚痴を言いたい時、胸につかえていることを吐き出したい時、 あるいは既に心に決めている時には、アドバイスは役に立たないでしょう。 そのような場合には、ただ話をじっと聞くことが大切です。
アドバイスをする前に、状況を知ること、情報をたくさん集めることが大切です。 相手の現在の状況を把握していますか?相手が既に情報を収集して知っていること、 試していること等をアドバイスしても役に立たないでしょう。
その相手に対してアドバイスしてうまくいったことがありますか? あるいは似たような問題に対して別の人にアドバイスしてうまくいったことがありますか? 的確なアドバイスをする自信がないならば、無理にアドバイスしないほうがよいでしょう。
相手に対する共感があるかどうかは、大変重要な要素です。 共感することは相手の気持ちを奥深く理解することに繋がります。 相手は自分の気持ちをわかってもらえたことで、あなたのことを受け入れやすくなります。 相手に対する共感があれば、相手はあなたを信頼してアドバイスを受け入れやすくなるでしょう。
アドバイスをするにあたっては、上の前提条件について自問してみることが大切です。 上の条件が全て完全である必要はありませんが、 自分のアドバイスが役に立ちそうにないと判断したときには、 アドバイスは控えたほうが良いでしょう。
アドバイスには大きく分けて以下の5種類があります。
遠まわしに、質問ともアドバイスともつかないような言い方をします。 相手に関する情報があまりない時、慎重に対話を進めたい時に使うと良いでしょう。 相手から見るとアドバイスではなく質問のように聞こえるので、 押し付けがましさを避けることができます。 簡単に言いたい事を伝えやすく、 相手が受け入れなくても相手との関係に傷を付ける恐れが小さい言い方です。
<例>その人の対応で困っていることは、その人が以前いた部署の人に話してみましたか?
「私も同じような経験をして、その時はこんなふうにした」という言い方です。 個人的な打ち明け話、体験談とも言えますが、このアドバイスは体験や経験に裏打ちされたものになります。 自分をさらけ出して話をすると、相手は心を開いて話をしていると感じるのでお互いの共感に繋がるでしょう。 共通の問題を抱えた者、体験をした者同士ならではのアドバイスです。
<例>私もその人の対応では苦労しましたね。xxxさんから言ってもらうことで多少は改善しましたよ。
このアドバイスの変形として、第三者の体験を持ち出す場合もあります。
<例>私も以前の職場で似たような人がいて苦労しましたね。その人が以前いた部署の上司に相談することで多少は改善しましたよ。
押し付けがましくないような「もしかして」「おそらく」「たぶん」といった言葉を付け足してアドバイスする言い方です。 回りくどさはありませんが、上の2つに比べると責任のある言い方です。
<例>ちょっと喫煙室かなんかで、その人が以前いた部署の上司に話してみたらどうですか。
なぜそうしたほうが良いのか、ということを相手に簡単に伝えた上で助言をします。 言い方はおだやかですが、「ちょっとした提案」よりも強い言い方になります。 しかし理由を説明することで、相手が納得して受け入れやすくなります。 このアドバイスをするときには、アドバイスの内容と何故そう言えるのかを自覚することが大切です。
<例> その人が以前いた部署の上司に話してみるといいですよ。 似たようなことがあった時にも対応してくれたので、今回も対応してくれると思います。
相手に説明することなしに意思を伝えます。 しっかりした信頼関係がある場合、 あるいは責任を持っている場での緊急時に言うことができるでしょう。 押し付けがましく、高圧的になりかねないので、言い方の裏には思いやりが必要です。
<例>あまり時間がないので、すぐにその上司に相談したほうがいいです。
間とは、言葉を発しない沈黙の瞬間、あるいは時間のことです。 会話の中で発生する「間」には重要な役割があります。 間を使う、あるいは使わないことで、会話は大きく異なるものになるでしょう。
ピアカウンセリングにおいて、会話の中で間を取ることはとても大切です。 間があることで他の人の話を注意深く聞いたり、 自分の気持ちを見つめながら丁寧に話すことができます。 間を置くことで深く掘り下げて考えたり、話題を変えたりすることもできるでしょう。 会話の中で間が空いているとき、相手はじっくりと自分の思いを確かめようとしているのかもしれません。 人によっては間を埋めようとあせることがあるかもしれませんが、我慢が必要です。
間を取らない話し方は、ピアカウンセリングには向いていません。 アイデアや意見交換をする場合、事務的な会話などの場合には途切れのない会話のほうが向いています。 このような会話の中で間を大きく取ってしまうと、相手に不信感を抱かせるかもしれません。 しかしピアカウンセリングにおいては、間を取らないと自分の心とじっくり向き合うことが難しくなります。
人の話を遮って割り込むのは「私の話を聞け」ということです。 割り込まれたほうは、自分の話が途中で遮られてイヤな気分になります。 しかし、割り込んだほうも、わざわざ割り込まざるを得ない不快な気持ちだったのかもしれません。 いずれにしても、双方の間に不快感や欲求不満、疎外感が生じる可能性が高まります。
しかし、話が延々と長く言っていることがわからない、話の内容がズレ過ぎている場合など、 割り込まざるを得ないことがあります。 そのような場合には、理由を説明した上で割り込むのが良いでしょう。 説明して相手が納得するとは限りませんが、理由を説明せずに割り込むよりは、 率直に話せて会話がスムーズになります。
<例>ちょっといいですか。お話が長くなってきたので、ここで他の人の話も聞いてみていいですか。
反映とは、相手から聞いたことをそのまま返すことです。 反映は相手の言葉をそのままオウム返しにするのと似ています。 しかし、反映には相手に対する理解と共感が必要です。 以下に単純化した例を示します。
反映することには以下のような意味があります。
相手の話を何でもかんでも反映すればいいというものではありません。 相手の言ったことを無作為に選んでオウム返しにすると、 会話として不自然なものになってしまいます。 会話の中で自然な「反映」をするのは簡単なことではありません。 相手の話に対して反映をするまでには、以下のような段階があります。
反映するときに、相談者が話したこと以上に何かを付け加えたり、 本人以上に理解したつもりになってはいけません。 反映はアドバイスではありません。 つい何か余計なことを言いたくなってしまうかもしれませんが我慢が必要です。 また、反映は質問ではありません。 「辛かったんですか?」と聞けば、相手は「そうです」と答えるでしょう。 それでは相手に理解と共感を示していることにはなりません。
反映するときの注意ポイントとしては以下のようなものが挙げられます。
相談者の話をよりオーバーに気持ちや考えを表現してしまうと、 相談者は違和感を感じるでしょう。
<例>相談者の話以上の気持ちを汲み取り、余分な要素を加えたために、 的を得ない反映になってしまいます。
<例>相談者の話を実際より控えめに聞いてしまうと、早とちりの反映になってしまいます。
<例>相談者の重大な一言を聞き落とすと勘違いの反映になってしまいます。
<例>誇張した反映よりは控えめな反映のほうがマシです。 自信がないときは控えめな反映をすると良いでしょう。 ここまでの文章を読んで、あなたは反映を難しく感じているかもしれません。 実際、反映は微妙な技術を必要としています。 相手の話に対して、自分なりの理解と共感に置き換えて反映するのは高度な技術です。 しばらくは、相手の言ったことをそのまま返すオウム返しのようなもので良いでしょう。 まず大切なのは相手の話を正確に把握し理解することと、理解していることを相手に示すことです。 相手の話の理解を誤ることが心配かもしれませんが、その場合は相手が修正したり、 改めて繰り返し話してくれたりするでしょう。 相談者の多くは、わかってくれる人、わかろうとしてくれる人を求めているので、 その誤りをわかってもらえるように説明してくれるでしょう。 相手が繰り返し話をするのは、以下のような場合です。
解釈とは、状況や感情などを整理して理解してわかりやすい言葉に置き換えることです。
あなたの解釈は、相手にとって納得できないものである場合があります。 ですので、相手がその解釈に違和感を感じた時に、素直に気軽に否定できるようにしておく必要があります。 そのためには、解釈はおだやかな考え方、言い方、言葉遣いで行うのが良いでしょう。 その解釈があなたの推測や憶測であることを前置きするのも大事です。 前提として、あなたの解釈を相手が気軽に否定できるような関係を築いておくことも重要です。
解釈が相手から否定されても気にすることはありません。 相手のことは相手が一番よくわかっているので、解釈が否定されるのはよくあることです。 相手は解釈を否定することで、自分の考えを自分の言葉で表すきっかけができます。 解釈の目的は、あなたの解釈を聞く事で相手が刺激を受けて、新しい考え方が出てくるのを助けることです。 あなたの解釈が正しいかどうかは大した問題ではありません。
解釈には解釈するあなたの判断や考え方が入ってきます。 そのため、解釈が相談者の神経にさわるものになることがあります。 ですので冒頭に述べたように、解釈はおだやかなものであるのが望ましいのです。 なお、解釈が質問のようになってしまうのは避けたほうが良いでしょう。 上から目線でものを言っているように感じられてしまうからです。 例えば以下のような例です。
解釈する際には以下のようなことをやっていないか気をつける必要があります。
打ち明け話とは、人前では話しにくいような秘密の話です。 相手に自分の気持ちをさらけ出すことで、うわべだけではない深い話をすることができます。
ピアカウンセリングの中では、相手からそのような打ち明け話をされることがあります。 そのような話を聞いたときには、それを自分の秘密と同じように深く考えることが大切です。 その秘密の持つ意味や相手の気持ちを考えたりすることで、深い共感につながります。 その時に、もしできれば「私も型打ち明け話」をしてみると良いでしょう。
「私も型打ち明け話」とは、相手がある問題について話すのを聞いて、 自分がそれと似たようなことがあったことを思い出し、 その時に起きたことや、どんな気持ちだったかを話すことです。
「私も型打ち明け話」で大事なのは、話を理解して受け止めたことをわかってもらうことです。 そうすることで、同じような経験をしたのはあなただけでない、 ということを相手に示すことができます。 同じ経験を通して人と人を結びつけるので、相手の孤立感が和らぐのです。